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コレコビジョン

ここで少し「コレコビジョン」の歴史をおさらいしてみよう。
「コレコビジョン」はアメリカの玩具会社であるコレコ社が開発した家庭用TVゲーム機。
1982年8月に175ドル(当時の日本円で4万円程)でアメリカで発売される。
本体パッケージに任天堂の「ドンキーコング」が同梱された事で話題になる。本体同時発売タイトルは12本。
コントローラは2つ同梱されていて、マテル社の家庭用TVゲーム機「インテリビジョン」(1980)の影響を強く受けている。
コントローラには電話機のようなキーパッドと呼ばれる12のボタンがあり、両脇にもボタンが1つずつ配置されている。
これはパソコンからの移植作等のボタンを多く使用するゲームへの対応を兼ねた物になっている。
ゲームソフトに同梱されている操作方法が描かれたオーバーレイを横からキーパッドに被せて使うのが一般的。
米国外ではCBSエレクロトニクス社が代理販売をしていて、「CBSコレコビジョン」の名称で発売している。

1980年に発売されたマテル社の「インテリビジョン」と本体の名称が似ているが関連性は無い。
この前の事例としてアタリがフェアチャイルド社の「VES」に似た名称の「VCS」(後の「アタリ2600」)を出しており、
フェアチャイルドの「VES」は混同されないように「チャンネルF」に名称を変更する破目になっていた。
これは新機種投入直後の不利な状況を少しでも避ける目的で、
他社の人気商品にあやかろう(便乗しよう)という狙いで平然と行われていた戦略の一つである。
日本の例ではバンダイ社の「スーパービジョン8000」(1979)や、
マテル社の「インテリビジョン」(1980)に対して、エポック社が「カセットビジョン」(1981)を販売している。
また、ゲームソフトの例ではアクティビジョン社の大人気作「コールオブデューティ ブラックオプス」に対して、
UBI社が「スプリンターセル ブラックリスト」や「アサシンクリード4 ブラックフラッグ」を発表する等、
2013年の現在でも近似した戦略を確認する事が出来る。
「コレコビジョン」でまず驚くのがACアダプターの重さである。後の「NES」のACアダプターの10倍の重量があり、
なんと初期型「XBOX360」の電源アダプターよりも重いという凄まじさ。振り回すと危険である。

アタリ社が発売して成功した家庭用TVゲーム機「ポン」(1975)を見た玩具会社のコレコ社は、
1976年に3種類の「ポン」ゲームを内蔵した家庭用TVゲーム機「テルスター」を50ドル(1万2000円)で発売し、
価格が劇的に安かった事もあって「テルスター」は100万台を売り上げる事に成功する。
このヒットを受け、1976~1978年の間に10種類以上の「テルスター」シリーズを発売して計40億円を売り上げるものの、
1978年の末には既に飽きられていて売れ残り、100万台を廃棄処分して45億円の損失を被る事になる。
この損失は好調だった電子ゲームのスポーツシリーズで、なんとか穴埋めする事に成功する。
そこで「バービー人形」や「UNO」を発売していたライバルの玩具会社であるマテル社が、
家庭用TVゲーム機「インテリビジョン」を299$(6万円程)で発売して、初年度に17万台を売り上げていたので、
コレコは1980年末に本格的な新型のカセット交換式の家庭用TVゲーム機の開発を開始する。
1982年1月に開催されるCES(コンシューマ・エレクトロニクス・ショー)での発表に向けて、
新型家庭用TVゲーム機「コレコビジョン」を開発していたコレコ社の重役のエリック・ブロムリーは、
アタリの「VCS」が「スペースインベーダー」で成功したように、「コレコビジョン」もキラータイトルが必要だと考える。
そこで、「コレコビジョン」のローンチタイトル(本体同時発売ソフト)として、
米国で人気の日本の業務用TVゲームの家庭用への移植の許諾を取りに、1981年12月に日本に行き、
ユニバーサル社の業務用TVゲーム「コスミック・アベンジャー」「スペース・パニック」「レディ・バグ」の
「コレコビジョン」への移植の権利を取得する。セガからも「ザクソン」の許諾を得る事に成功し、
目的を果たした所で最後に観光目的で京都に魅せられてたまたま任天堂を尋ねた所、
そこで任天堂が発売したばかりの業務用TVゲーム「ドンキーコング」と運命的な出会いをする事になる。
すぐに「ドンキーコング」を気に入ったブロムリーは、任天堂と20万ドル(4400万円)のライセンス料と
1個売れる毎に2ドル(450円)のロイヤリティーを支払う約束を交わし、「コレコビジョン」で販売する権利を得る。
帰国してCESでの発表後にアタリが任天堂と接触し、「ドンキーコング」の移植の許諾を受けた事を知り、
改めて1982年2月に「ドンキーコング」を家庭用に6ヶ月間独占的に製造販売する契約を任天堂と結んでいる。
しかしここで思わぬ事態が発生する。映画製作で有名なユニバーサルスタジオ社が、
「ドンキーコング」は「キングコング」の権利を侵害していると主張し始めたのだ。
コレコはユニバーサルスタジオに脅されたので、ユニバーサルスタジオにも使用許諾料を払う破目になってしまう。
ユニバーサルスタジオは任天堂にも脅しをかけたが、任天堂は使用許諾料を払わなかったので、
1982年6月にユニバーサルスタジオと任天堂が裁判で全面的に争う事になる。
結局この裁判は1年半かかり、ユニバーサルスタジオは映画「キングコング」のリメイク版を作ったが、
1933年に制作された原作の「キングコング」は著作権で保護される期間の40年を過ぎているし、
期間内だとしても「ドンキーコング」は問題にならないという判決が1983年12月に出た事で、
後にコレコはユニバーサルスタジオから徴収された使用許諾料を全額取り戻している。
話を戻して1982年8月に「コレコビジョン」が米国で無事発売される。アーケードで大人気の「ドンキーコング」を
当時最高性能の家庭用TVゲーム機「コレコビジョン」に移植した事で話題を集める。
さらにコレコはライバル機とのソフト数の絶対的不利を解消すべく、なんと大胆にも「コレコビジョン」に接続する事で、
「アタリ2600」のゲームを遊ぶ事が出来る拡張モジュールを60ドル(1万4000円)で同時発売し、2ヶ月で15万個を売り上げる。
当然1982年12月11日にコレコはアタリから特許の侵害で訴えられたのだが、
コレコの拡張モジュールは汎用部品しか使われていないという理由でアタリは不利になり、
(後の米国のファミコン「NES」は10NESというセキュリティチップで保護している)
さらに独占禁止法違反だとしてコレコがアタリを反訴する意思を表明した事で、
アタリはこの訴訟で得るメリットは少ないと判断し、法廷外和解をする事を決断する。
1983年3月8日にコレコ社が「アタリ2600」のライセンス料を支払うという形で両社は合意し、示談で解決している。
アタリは「コレコビジョン」用にも自社ソフトを提供し、コレコは「アタリ2600」にもソフトを出す事になる。
また、「インテリビジョン」のマテル社も両社とライセンス契約を結び、まさかの3社のマルチプラットフォーム展開が開始される。
調子に乗ったコレコは「アタリ2600」のクローン機である「コレコジェミニ」を発売するが、これはあまり売れていない。
「コレコビジョン」は1982年のクリスマス商戦だけで50万台を売り上げ(全機種で1位)、
1983年初めには計100万台を達成する。そしてパソコンの「アップルII」でゲームを発売していたマイクロファン社が、
人気ゲームソフト「マイナー2049er」の移植版をほとんど完成している状態で持ち込んできたので、
コレコもアタリと同様にサードパーティへのライセンス制を始めており、
マイクロファン、アクティビジョン、パーカーブラザーズ、イマジック社が参入する事になる。
しかし米国の家庭用ゲーム市場の70%以上を支配していたアタリ製品の不振と、
「コレコビジョン」も本体に同梱した「ドンキーコング」以外で100万本以上売れるタイトルが出なかった事から、
コレコ社は、この先家庭用ゲーム機は廃れてホームパソコンが取って代わると感じ始める事になる。
コレコは1983年2月に発表して10月に発売を予定していた「スーパーゲームモジュール」を発売直前で中止し、
(「コレコビジョン」のグラフィックスとサウンドをパワーアップさせる拡張モジュール。これにより70億円以上を損失)
「コレコビジョン」上で「インテリビジョン」のゲームが出来る拡張モジュール4も計画していたが、これも中止する。
そしてパソコン市場に挑戦する為、急ピッチで開発していたパソコン「アダム」を、1983年冬に750$(17万円程)で
ゲームソフト「バックロジャーズ」(セガの「ズーム909」の移植作)を同梱して発売して10万台を売り上げるが、
「アダム」は設計上の不備があり、不具合が多発して返品や在庫が残り、結局1年間で180億円の損失となってしまう。
しかしこの時、1982年からコレコが販売していた出生証明書付きの人形「キャベッジパッチキッズ」が、
1983年のクリスマスまでに300万体も売れる大ブームとなっていたので、コレコは倒産を免れる事になる。
そこでコレコは「キャベッジパッチキッズ」の生産体制を強化して注力する為に、
1984年に「コレコビジョン」の製造中止を決定して、エレクトロニクス事業から手を引く決断をしてしまう。
1983年末までに「コレコビジョン」は計250万台以上の販売台数を達成し、
1984年に米国で50万台以上を売り上げて、計300万台の販売台数を達成している。
1984年のクリスマスでは「コレコビジョン」にゲームソフト1本と「キャベッジパッチキッズ」を同梱して販売していた。
(この年、北米の玩具業界では、日本の変形ロボット「トランスフォーマー」が半年で1800万個の大ヒットとなっている)
1985年に発売された「アルカザール」が最後の「コレコビジョン」ソフトとなっている。
最終的に「コレコビジョン」は海外(香港、カナダ、イギリス、フランス)も合わせて600万台以上の販売数を記録している。
コレコ社はその後、「キャベッジパッチキッズ」が1986年までに2000万体売れて1000億円以上を売り上げたが、
1986年から異常なブームは衰え始め、コレコは生産体制を強化したのが裏目になり、
1986年に150億円以上の損失、1987年に120億円以上の損失となり、
1988年に破産法に基づく民事再生手続きを申請し、1989年に倒産して長い歴史の幕を閉じる事となる。
(「キャベッジパッチキッズ」の権利は、日本の玩具「ゾイド」「トランスフォーマー」で大儲けしていた米国のハスブロ社に渡っている)

こちらは日本でも販売されなかったので、日本での知名度はアタリの「VCS」よりもさらに低い。
米国ではその波乱万丈なエピソード続きもあってかなり有名である。
「ドンキーコング」が同梱された事と、日本のセガ、コナミ、ユニバーサルのゲームが多く移植されていて、
日本人にも馴染みやすいラインナップが揃っている。余談だが当時コレコ社の副社長の娘であるベロニカ・ベルモントは、
現在ポッドキャストTV(インターネットニュース配信サービス)のキャスターをしていて美人で明るく人気である。



「アタリ5200」との比較CMです。米国ではこのような宣伝も当たり前のように行われます。
(後に日本でも「ゲームギア」「セガサターン」「ネオジオポケット」で行われて議論を呼びました)
「コレコビジョン」はユニークなコントローラがあり、拡張モジュールを使えば「アタリ2600」のゲームも出来るし、
パソコン「アダム」にも繋げられるよ!と主張しています。最後の「ごめんねアタリ」がイラッときます。(笑)


「コレコビジョン」の公式?のゲーム紹介ビデオです。ゲームは明るい所でやりましょう。(笑)
ちなみに完全なリストではありません。かなりの抜けがあります。


おまけ。当時の米国の「キャベッジパッチキッズ」の異常な人気が分かります。
by fairladyz_soarer | 2012-04-09 21:30 | コレコビジョン

ビデオコンピュータシステム

ここで少し「ビデオコンピュータシステム」の歴史をおさらいしてみよう。

追記や修正する度にホームページとブログの両方の同じ記事を修正するのが大変だったので
この記事はホームページの方に一本化しました。


「アタリ2600」の「E.T.」のクリスマスCMです。良いCMですが、ゲーム内容はたくさんの親と子供を裏切りました。


日本で発売された「アタリ2800」のCMです。家で「ポールポジション」が出来るのはアタリだけ。
これだけ違うと「ポールポジション」と呼べるかどうかは疑問です。当然ですが実際にこんな良い音は出ません。(笑)


おまけ。「アタリ5200」の「コレコビジョン」との比較CMです。ちょっと「アタリ2600」版「パックマン」の自虐も入ってる?
ライバルの「コレコビジョン」に「アタリ5200」のソフトを無理やり差し込んで、「入らないぜ!」とデカさをアピールしています。
(このデカければ良いと思われるだろうという誤解は、後に「ターボグラフィックス16」「XBOX」にも受け継がれます)
by fairladyz_soarer | 2012-04-05 00:08 | アタリ2600